大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和4年度(2022年度)追・再試験
問12 (世界史B(第3問) 問1)
問題文
A 先生と王さんが、日本に留学した中国人について話をしている。
先生:今もそうですが、近代においても、多くの中国人が日本に留学していました。
王:留学先として日本が選ばれた理由は何ですか。
先生:距離や言語の上で中国と日本が近いことが理由の一つに挙げられるでしょう。当時の清朝の官僚で、日本への留学を強く提唱した張之洞(ちょうしどう)は、自らの著書『勧学篇(かんがくへん)』のなかで、「留学する国に関して言えば、西洋よりも日本の方が良い」というふうに述べています。なお、張之洞は、中国の伝統的な学問や儒教倫理を根本としながら西洋の学問・技術を利用するという、( ア )の立場を当時とっていました。その点でも、儒教の影響が強い日本は、留学先として好まれたのでしょう。
王:歴史上有名な人では、どのような人が日本に留学しましたか。
先生:たくさんいるので、とても挙げきれませんが、例えば、後に『狂人日記』や『阿Q正伝』を著した( イ )は日本留学経験者として有名です。
Aの文章中の( ア )に入れる語と、( イ )に入れる人物の名との組合せとして正しいものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。

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問題
大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和4年度(2022年度)追・再試験 問12(世界史B(第3問) 問1) (訂正依頼・報告はこちら)
A 先生と王さんが、日本に留学した中国人について話をしている。
先生:今もそうですが、近代においても、多くの中国人が日本に留学していました。
王:留学先として日本が選ばれた理由は何ですか。
先生:距離や言語の上で中国と日本が近いことが理由の一つに挙げられるでしょう。当時の清朝の官僚で、日本への留学を強く提唱した張之洞(ちょうしどう)は、自らの著書『勧学篇(かんがくへん)』のなかで、「留学する国に関して言えば、西洋よりも日本の方が良い」というふうに述べています。なお、張之洞は、中国の伝統的な学問や儒教倫理を根本としながら西洋の学問・技術を利用するという、( ア )の立場を当時とっていました。その点でも、儒教の影響が強い日本は、留学先として好まれたのでしょう。
王:歴史上有名な人では、どのような人が日本に留学しましたか。
先生:たくさんいるので、とても挙げきれませんが、例えば、後に『狂人日記』や『阿Q正伝』を著した( イ )は日本留学経験者として有名です。
Aの文章中の( ア )に入れる語と、( イ )に入れる人物の名との組合せとして正しいものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。

- ア ― 扶清滅洋 イ ― 魯迅
- ア ― 扶清滅洋 イ ― 周恩来
- ア ― 中体西用 イ ― 魯迅
- ア ― 中体西用 イ ― 周恩来
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この過去問の解説 (1件)
01
【文章の整理】
・張之洞は「中国の伝統(儒教)を根本に、西洋の学問・技術を利用する」と言っています。
→ 歴史用語では「中体西用」という考え方です。
(※「扶清滅洋」は義和団事件スローガンです)
・『狂人日記』『阿Q正伝』を著した人
→ 中国近代文学の父、魯迅(ろじん)です。
(周恩来は中国共産党の指導者ですが、小説家ではありません)
「扶清滅洋」は義和団のスローガンであり、張之洞の主張ではありません。
張之洞の思想にも、留学した人物にも合いません。
正しい組み合わせです。張之洞は中体西用を唱え、魯迅は日本留学経験者であり、『狂人日記』などを著しました。【正解】
張之洞の思想は合っていますが、周恩来は文学者ではなく政治家であるため、人物が異なります。
張之洞は「中体西用(ちゅうたいせいよう)」を唱え、中国の伝統的な学問や道徳を守りつつ、西洋の技術や知識を積極的に取り入れることを主張しました。
また、『狂人日記』『阿Q正伝』などを著した魯迅は、日本に留学し、近代中国文学を切り開いた人物として知られています。
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